Fernandus M. Filion フェルナン・フィリオン 修道士
1909年 カナダのケベックに生まれる。1934年荘厳誓願を宣立。1940年に宣教師として来日。主として、北浦和、長崎、田園調布、名古屋、宇都宮などで1988年まで、日本での隠れた福音宣教者として、また兄弟的愛の奉仕者としての生活を48年間送る。1997年2月17日、カナダのモントリオールで帰天。88歳。
2月17日 フェルナン・フィリオン 修道士
2月25日 アントニオ山岸 功 修道士
2月16日 フランシスコ畑中茂三修道士
2月5日 マリ・フランソワ・ゲング神父
2月4日 リノ・ミケレッティ 神父
2月1日 ニコラス根本昭雄神父
Nicholas Nemoto Akio
1931年9月21日生まれ、1962年3月18日着衣、1963年3月19日初誓願宣立、1966年3月19日荘厳誓願宣立、1970年3月14日司祭叙階。
司祭叙階後群馬県で司牧活動、1984年聖アントニオ神学院で有期誓願者の養成担当に着任。1991年南アフリカに宣教師として派遣され、アパルトヘイト問題への取り組みや、養成修道院の院長として働いた後、AIDSホスピスの聖フランシス・ケアセンターで働き、末期患者のターミナルケアで多くの患者の最後を看取った。2004年3月にはその働きが評価され、『第32回医療功労賞海外部門』を受賞した。
その後、聖フランシス・ケアセンターでの人材の成長を見届けると、AIDS患者数が公表されてはいないものの多くの患者を抱えるロシアへ行くことを決意。2005年11月フランシスコ会のロシア・プロジェクトに加わるためにサンクト・ペテルブルグに派遣された。
2007年8月に一時帰国したが、体調を崩して9月に聖母病院に入院。結核に冒されていることが分かり9月18日、清瀬市の複十字病院に転院した。12月に入ってから少しずつ回復し、1月7日からはリハビリも始まり順調な回復と期待されていた。2008年1月28日頃から様態が急変して高熱を発した。結核性髄膜炎のために敗血症、腎不全を引きおこし、2月1日午後6時56分、静に息を引き取った。